2010年10月09日

ロボットに恋する日


今日は、CEATEC JAPAN 2010 に行ってきた。

毎年、ムラタセイサククンの成長を見たくていくのだが、
今年は、ムラタセイサククンよりも印象に残ったのが、


歌うロボット。



人間の歌唱をお手本に、自然な歌声を自動再生し、
人間の顔動作を自動再生した技術を使って作られた女の子のロボットだ。
(独立行政法人 産業技術総合研究所)


最初、一目見たときに、その立ち姿の存在感に圧倒された。


IMG_0307.JPG



なんともいえない、質感と雰囲気が漂う。

その後、人間の表情を真似た自然な姿で歌を歌う。

その姿に、さらに驚いた。

IMG_0309.JPG



モデルとなった人間(歌手)の、目の動きや表情の動作パターンをデータ化して、
歌と表情を同期させて動かしているので、
ものすごく自然に、人間のように歌い上げることができる。


しかし、そのロボットを見ながら、私は妙な心理状態になった。


ロボット開発では、あまりにも人間に近づき過ぎると、
ある一定の段階で、人は「不快感」を感じる

という事を聞いたことがある。
なので、そのボーダーラインを超えないような開発にしている、という話だ。


私は、この女の子のロボットを見て、
少しだけ「不安感」のようなものを感じていたからだ。


ロボットなので、もちろん「心」を持っていない。


しかし、人間のような動作で歌うロボットをみていると、
なぜか、ロボットの中に「心」を見てしまう。


一瞬、

「私たちはどのように見えているのかな?」とか、
「見せ物にされているけど、嫌じゃないのかな?」とか、


ロボットに感情移入してしまいそうで、不安定感を感じたのだ。

また、歌い終わると、“シューン”と電源が落ちる。

それまでリアルな人間のように動いていたのに、
一瞬にして、目の前で命が消えていくような恐怖感も感じてしまう。

そんな「不安定感」だ。


このロボットは、首から上の動作がなめらかだったが、
首から下は、とても動きが固かった。(開発分野外のため)

そのため、どこか機械的なロボットらしさを残していた。
よって、その「不安定感」で、なんとかバランスがとれていた気がする。


しかし、体の動きまでも、もっともっと滑らかになったら
どんな風に、私たちは感じるのだろう・・・。
少しだけ、恐ろしくもあり、興味深くもある。


これから、ロボットは、どんどん私たちの文化の中に入ってくる。

そうなったとき、私たちは、リアルなロボットを
どんな風に受け入れ、どんなライフスタイルを作っていくのだろうか?


ロボットに恋する日も近いかもしれない。
新しい未来を想像しながら、少しだけ妙な気分も残った一時だった。


posted by yoko.goto at 22:34| 神奈川 ☔| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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