2010年05月30日

愛のこもったかつら




抗がん剤の副作用で髪の毛を失った女性のがん患者に、
かつらをプレゼントしようと、
看護を学ぶ女子学生たちが、
自分の髪を切って寄付する取り組みが東京で行われました。


この取組みは、今年で2回目。

NOP法人とシャンプーメーカー、看護学生が集まって
とりくんでいる活動です。

先日、看護学生40名ほどが集まり、
長く伸びた髪を、美容師さんにカットしてもらったそうです。

(美容師さんも善意)


がん患者は、抗ガン剤の副作用で髪の毛が抜けてしまいます。
特に、女性にとって、髪の毛が抜けてしまうことは
精神的にも非常にショックをうけます。


しかし、その反面で、医療法のかつらは価格が高く
かつらの購入をためらう人も多いそうです。


そんな女性のガン患者に、看護学生の髪でつくられたかつらは、
希望者に無料で配られるそうです。

40名の看護学生の髪から、約15名分のかつらが出来るそうです。

看護学生は、自分の髪が、悩んでいる人の
役にたった・・・という充足感でいっぱいのようでした。
キラキラした笑顔でインタビューに答える映像を
ニュースで見ました。


看護学生といえば(わたしも経験がありますが・・)、
10代後半〜20代前半で、いちばんおしゃれをしたい年代。

髪の毛も、ショートにしたり、ロングにしたり、
パーマをかけたり、カラーリングをしたり。

病院実習の時は、はでにおしゃれはできませんので、
実習の時期を避けながら、おしゃれしなければなりません。


そんな中、半年間、彼女たちは
パーマもかけず、カラーリングもせず、
できるだけ長くなるように髪を伸ばし続けるそうです。


白衣を着るときは、髪の毛も整えなければなりません。

長くのばした髪のセットアップには、
とても時間がかかった事でしょう。


それでも、彼女たちは、ガン患者のかつらのために
ひたすら髪の毛を伸ばしてきたのです。


髪を伸ばした半年間は、
かけがえのない半年間となりました。


彼女たちの善意でできあがったかつらは、
病に苦しむ人たちの髪の毛になって、
その人の心を、大きく勇気づける事でしょう。



posted by yoko.goto at 22:28| 🌁| ニュースのこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月23日

助け合う心




9歳の子どもをひき逃げ事件で失った
東京都文京区の印刷会社経営のご夫婦が


昨年9月に埼玉県で起きた『男児ひき逃げ事件』の
捜査に協力するため、現場の地図などが載ったチラシ
約20万部を無償で印刷。

近く新聞の折り込みなどとして配られる予定だそうです。


ニュース報道で、ひき逃げ事件の犯人をさがすために、
被害者の両親が、必死に活動していることを知り、

"痛いほど気持がわかる”

として、無償協力を申し出たそうです。


また、ご夫婦の事件は、周りの人たちの
協力により、犯人が逮捕されたため、

その恩返しになれば・・・と協力を申し出たとのことです。

ニュース 詳細




私たち人間は、「助け合う」という
すばらしい心理行動を備え持っています。


その「助け合う」心は、
悲しく辛く苦しい体験をすることで
さらに、強くやさしくなるようです。


自分と同じ苦しみをしている人に
共鳴し、同化し、
あたたかいものを生み出します。


きっと、私たち人間が社会をつくり、
多種多様な考え方の人々があつまっても共存できるよう、
神様がプログラミングしてくれたんでしょう。


きれいに舗装された道をあたりまえに歩き、
蛇口をひねれば、いつでもあたりまえに水がでて、
夜、暗くなればあたりまえのように電気をつけ、


便利で、安心で、安全な毎日を
わたしたちは過ごしています。


でも、このあたりまえこそが特別で、


24時間、365日、


誰かが、

道を管理し、水道を管理し、電気を管理してくれています。


平凡な毎日でも、

社会で暮らし、社会で生きていることに
時々は、感謝しながら、
どんなに小さなことでも、
自分が社会に貢献できる事は
やってみよう・・と思いました。


さらに、付け加えるのであれば、

このように、お互いがお互いに助け合えるよう
国全体でシステマティックに動ける仕組みが
整うことができたら、素晴らしいのに・・と思います。

インターネットが発達している現代なら
比較的実現できるように感じます。

posted by yoko.goto at 22:44| ☔| ニュースのこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月20日

ドクター#2



先日、このブログで、大学病院時代の
ドクターの事を書いたばかりですが、

つい最近、

耳を疑うようなニュースがありました。


大学病院に勤務していた医師が、
不同意堕胎の罪で逮捕された事件です。


(ブログには、事件・事故のニュースについては
 あまり書きたくないのですが・・・やむなし)


裁判はこれからですので、真実はどうなのか?
分かりませんが、現時点で報じられている事が
事実だとすれば、

  「失望」

この言葉に限ります。


この世で、人が人に対して刃物をあてても
許されるのは医師だけです。

また、人が人に対して薬物を処方することが
許されているのも医師だけです。


しかるべき知識と、
しかるべき技術、
しかるべき生命倫理観、


これらを持ち合わせているはずの医師が、
その知識を悪用したとするならば、

「医師」という職業自体が存在できなくなります。



私が知っている大学病院のドクターは、


毎日、毎日、夜遅くまで仕事や学会の仕事をしていて、
仕事が終わっても、患者さんに何かあればコールされ、

当直が続くと、クタクタに疲れながらも
オペに入り、病棟を回り、指示を出し、

最善を尽くしても、患者さんが亡くなれば
がっくりと肩を落とし、悲しそうな背中をしている、


そんな臨床医です。


今回の事件で、必死に働いている大学病院のドクターが
誤解されないようブログに書いておきます。


posted by yoko.goto at 23:40| ☔| ニュースのこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月10日

体をほどく、脳をほどく


口蹄疫の問題で、宮崎県が大変です。

これまでの累計は56例で、
殺処分対象家畜は64,354頭だそうです。


東国原知事のブログで、随時、状況報告されています。


東国原知事といえば、就任後、高い支持率を
保持しながら、県政をまっとうしている県知事ですが、

ニュースなど、メディアに登場するときの
東国原知事の服装の多くが、作業着にネクタイです。

スーツを着ている時もありますが、
記者会見も、対談も、会議も、グレーの作業着を
着ていることが多いですね。


もちろん、

世論に対する、アピール(パフォーマンス)もあるのでしょうが、

私は、ちょっと共感します。


何に、共感するか?というと、


『ものを考えるときには動きやすい服装』


という所に、共感するのです。


私は、仕事柄、お客様と商談するときは、
かちっとしたスーツがほとんどですが、
普段、クリエイティブな事を考えたり、
プレゼン資料を作るとき、
真剣な会議のときには、


絶対!動きやすい服装。
Tシャツ・ジーンズがベスト!
時には、靴下さえも邪魔になることも・・・。


なぜなら、頭脳労働で特に気になるのが、肩と手の動き。

キーボードが打ちにくい・・というものそうですが、
ものを考えるときの、動きが原因です。

集中して考える時間もあれば、
全身の関節をうごかし、大きく伸びをしたり、
背中を反らしたり、足を組み直したり・・・。

こんな自由な動きを繰り返します。


頭だけでなく、カラダ全身を使って頭脳労働をしているんです。


真剣な会議であればあるほど、軽装がベストです。


さすがに、お客様の所に行く時には、
失礼なので、スーツを着てまいりますが、
本音を言えば、Tシャツとジーンズの方が、
うれしい・・・かったりして。あせあせ(飛び散る汗)


そういうわけで、先日の民主党の事業仕分けの時の
女性議員のスーツが気になって気になって気になって。

"私だったら、あのスーツでは議論できないなぁ・・・。
せめて、ストレッチがバリバリきくスーツだな。”


なんて、妙な突っ込みをいれていました。




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2010年04月26日

子どもの脳2




馬や鹿が誕生するシーンでは、
生まれたての子馬はすぐ立ち上がります。

しかし、人間は自分の足で歩くまで
1年以上かかります。

人間が、感覚器・運動器とも成熟した状態、
つまり二本足で立てるようになって生まれるには、
あと1年間、母体内にいる必要があるそうです。

しかし、そうなると胎児は成長しすぎて、
人間の骨盤を通ることができません。
(人間の脳が発達したため)

そのために、それを防ぐために"早産”で生まれてきます。

これが、スイスの動物学者 "Portman.A”の概念

  「生理的早産」です。


人間発達学でこの概念を学んだとき、
とても、衝撃をうけました。


つまり、生まれたばかりの赤ちゃんは、
1年早く生まれるわけですから、
感覚器・運動器・脳を成長させていくのが、
生まれてから1年間です。

生まれたばかりの赤ちゃんの
ニューロン(脳細胞)の間の配線はわずかで弱く、
数ヵ月後〜、新しい結合(シナプス)ができてきます。

2歳までの子どもの脳は、
大人の脳の2倍ものシナプスを持ち、
1〜2年でピークをむかえると言われています。


このシナプスの密度が高ければ高いほど、
脳の発達は促進されるのですが、

それを助けるのが、

「赤ちゃんへの刺激」

赤ちゃんの五感を通して伝わった刺激は
そのまま脳に伝わり、シナプスの密度を増やします。
感覚器官から入ってくる刺激による電気信号が、
シナプスを残したり消したりしながら、
脳の配線を仕上げていくのです。


刺激が足りないと、子どもの脳の発達は遅れ、
ほとんど手を触れてもらえない子どもは、
脳の発達が20〜30%も小さいことも分かっているそうです。



人間発達学の講義で、


 『生まれてからの1年間は、
  赤ちゃんの手足を
  沢山触ることが大事!』


と、先生が言っていたことを思い出します。


話すことも、立つことも出来ない赤ちゃんは、
本当は、全身で親からの刺激を待っているのです。


でも考えてみれば、
赤ちゃんの誕生に喜ぶパパやママや、
おじいちゃん、おばあちゃんは、

こんな難しい「生理的早産」なんて事は習っていなくても、
自然と、赤ちゃんに語りかけ、たくさん触れて
赤ちゃんの脳を豊かにしてきています。

つまり、

人間にはもともと、そういう「母性」が備わっているんですよね。

これも、とても、神秘的です。

身近に、生後間もない赤ちゃんがいたら、
沢山の愛情で、沢山手足を触れてあげてください。

赤ちゃんは、それを待っています。


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2010年04月25日

子どもの脳


読売新聞に、


”両親のDV(家庭内暴力)を見て育つと、
脳の発育に悪影響を及ぼすことが
熊本大の研究で分かった”
(ハーバード大(米)との共同研究)

という記事が載っていました。



DVの目撃経験者は目からの情報を処理する右脳の「視覚野」の容積が、
目撃したことのない人に比べ小さいことが分かったそうです。


さらに、学力や記憶力も調べたところ、
これらも、目撃者は低いことが分かったとされていました。



教育学を学んでいたときに、
講師の先生のこんなフレーズを思い出します。



  『人は、自分が育ってきたように、
   自分の子どもを育てていく。

   逆をかえせば、自分の受けたようにしか、
   子どもを育てられない。』


実に、教育学の先生の怖いひと言。

他の難しい講義は、すっかり忘れてしまったのですが、
この言葉だけは、私の心にくっきり彫り込まれました。


たしかに、

子どもの頃に、

両親にしてもらったこと、教えられたこと。
これらの集合体が、自分のパーソナリティを作り出しています。

良いこと、悪いこと、
人にしてあげなければならないこと、
人にしてはいけないこと。


難しい理論や哲学ではなく、
やさしく理解できるような形で
自分の中にしみ込んでいます。


それは、親の言葉・行動だけでなく、
親と一緒にすごした空間そのものです。


それゆえに、
不運な家庭環境で育った子どもに与えられる脳の影響は、
見過ごすことの出来ない問題に思えます。


子どもは、大人のミニチュア版ではなく、
子どもは、親の所有物でもない、
一つの人格をもった人間。



子どもは、いつかは親の保護領域を離れ、独り立ちし、
社会や未来を担う大人になります。


美しく、豊かな未来を創るためには、
美しく、豊かな子どもを作らなければなりません。


今、起きている社会の問題を
きちんと正面から見つめなければならない・・・、
そんな、危機感を感じてしまいました。


子どもは親を選べません。


不運にも、あまり好ましくない環境で育っている子ども達には、
社会全体でフォローしてあげられる仕組みが必要なのでしょう。


しかし・・・、

教育学の先生が言うように、
"自分がされてきたようにしか、子どもを育てられない。”
のであれば、

不運な子どもだけでなく、

その親のケアも重要であることも見逃せません。


その親だって、また、その親から生まれてきているのですから・・。

   
   
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2010年04月21日

青、蒼、そして碧



山崎直子さんが、宇宙から無事帰還されました。

女性の宇宙飛行士。とてもステキですね。

山崎さんの言葉、
「地球は想像以上に美しかった」。

いったい、どんなに美しい地球をみてこられたのでしょう。
とても、とても、うらやましいです。


地球の色。


・・と、いうと、「青」ですが、
わたしは、なんとなく、
地球の色は「碧」と書きたくなります。


「あお」という色を表す漢字。

「青」「蒼」「碧」

どれも、とてもキレイな漢字ですが、
いったいどういう違いがあるのか?
気になって調べてみました。





「青」:あお


青という漢字の、「月」の部分は
染料(染める色)の「丹」という漢字が
変化したものだそうです。

いわゆる色の3原則の「あおいろ」を表す。

「未熟/若い」という意味も含む。
(青春・青年など)



「蒼」:あお

深い青色の意味で、「草の色」、「しげっている草」の「あお」。
つまり、深い青色を表す。

「かげりがある」「年代を経た」ような意味も含む。
(蒼顔・蒼白など)




「碧」:あお


「王=玉(美しい石)」と「石」のある漢字。
美しく綺麗な石の「あお」を表す。青緑色。




日本語はホントに美しい。

「あお」という3つの漢字を目の前にすると、
一瞬にして、それぞれ微妙な色の違う絵の具が広がるようです。


あまり意識しないで使っていましたが、
それぞれの漢字の意味を理解して使うと、
さらに、奥深い感情を持った文章になります。


個人的に私は、「碧」という漢字が一番好きです。



ちなみに、
私は、あともう一つ大好きな青があります。

水色に、さらに白い絵の具を足した、「薄い水色」です。

ディズニーアニメによく使われるブルー。

私は、勝手に"ディズニーブルー”と呼んでいます。
(夕方や明け方の空と空の境目に表れる水色)
シンデレラのドレスの水色


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2010年03月03日

結婚は不自由?




「結婚は自ら進んで不自由になろうとすることと思える。
 子供を持つことは結婚に輪をかけて不自由になることだと思える」

 埼玉県教育委員会の松居和(かず)委員長が提言し、
 その後、「陳謝して発言を取り消します」と撤回した。



 『結婚は不自由』。

 婚カツ中の男女には、どう響くのかな?

 「不自由」な中に、身を投げようと、
 悪戦苦闘している人には、
 「結婚」はバラ色に見えるはずなのに・・・。

 
 たしかに、

 結婚をする・・ということは、
 それまで、「自分のことだけ」を考え生活してきた24時間が、

 「パートナーのため」も考える24時間に
 シフトするところが大きな違い。


 一緒に生活していると、いつのまにか、


 まるで、相手が自分のようにみえ、
 錯覚してくる。

 だから、自分と同じように考え、
 行動してくれないと、
 フラストレーションがたまる。

 
 でも、二人の時間が長くなり、
 お互いがお互いの事を
 十分分かり合えるようになると、

 「自分」と「相手」の境界線が
 はっきり分かるようになり、

 同じ空間の中で、2つの個が
 共存できるようになると思う。

 そうなるためには、

 二人で十分話すこと。

 「こうしてほしい」
 「こうしてほしくない」
 「こうしたらどう?」

 別々の環境で生きてきた二人が
 お互いの24時間を理解するためには、

 それまでの時間をうめるための
 濃い会話が必要だと思う。

 
 (私も、まだまだ未熟者で、
  結婚の大先輩にはかなわないけど。)ひらめき

 「相手はかえられないけど、
  自分は変えられる。」



 お互いが、お互いに、
 こう思っていられれば、結婚は不自由ではないかも。


 
 
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2010年02月28日

阿修羅と百済観音



奈良の興福寺の国宝館が
リニューアルオープンした、
というニュースがありました。

私も、何回か訪れた事がありますが、
興福寺といえば、やはり「阿修羅像」。


実際、仏像を正確に見るには、
深い知識が必要なので
なかなか、難しいモノです。


私も、知識不足なので、
本当の意味で、深く解釈は出来ないのですが、


ただ、ただ、


その存在感から受け取る
空気感に圧倒されてしまいます。


実は、私にも好きな仏像があって、
奈良の法隆寺で見られる


「百済観音像」


百済観音像は、7世紀半ばに作られたとされ、

誰によって、
どこで造られ、
どこに安置されていたのか、

といったことを示す記録もなく、
まったく由来がわからない・・そうです。

日本の仏像には珍しい
八等身のすらりとした姿で、

何とも言えず、

  やさしい・・ような
  慈悲深い・・ような
  せつない・・ような

なんとも言えない優雅な表情をした観音像です。


一目で見たとき、

どきっっ!!とするくらい清楚で美しい・・・。

その後で、何か温かいものに
包まれてしまうような感情にひたります。

すらっとした観音像をみあげると、

全身の力が抜け、身も心もあずけ、
ず〜〜〜と、見ていたくなるような
空気感を持つ、百済観音像が私は大好きです。

人として、女性として生まれたからには、
こんな雰囲気をもつ女性になりたいなぁ。
・・なんて、おこがましい憧れもあったりします。かわいい

奈良にいったら、


奈良公園で鹿と闘いむかっ(怒り) → 二月堂で風に吹かれ → 興福寺で阿修羅像に魅了され → 法隆寺で百済観音像に優しい気持ちにしてもらう


これこそ、私の仏像めぐり。

  ▼百済観音像

kudara01.jpg

 
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2010年02月27日

Mao ASADA.



2005年〜2006年シーズンのグランプリファイナル。

チャイコフスキーの「くるみ割り人形」の
プログラムですべる浅田選手を見たとき、

"なんて、勇気のある選手なんだろう・・・”

と、感動したことを思い出す。


あれから4年。


オリンピックでの金メダルを目標に、
トレーニングにトレーニングを重ね、
苦しいスランプも乗り越え、
どんな気持で昨日を終えたかと思うと、


本当に胸が痛んだ。


惜しくも逃した「金メダル」。


  どれだけ泣いて、
  どれだけ胸を痛め、
  どれだけ後悔していることか。


そう考えると、
なかなか、「銀メダルおめでとう」と
慰めることも出来ない。

この4年間。

自ら、高い山を設定し、
それを乗り越えるために、
誰よりも努力してきた浅田選手。


それを見ながら、わたしは、
闘う勇気と、力強く生きる元気を
もらってばかりだった。

小さな胸に、大きな勇気をつめこんで、
誰よりも高く、誰よりも軽やかに飛ぶ。


そんな浅田選手の闘いに、
わたしは、ただただ、感動するばかりだ。

それでも、初めてのオリンピックで、
「Mao ASADA」の名前が、
世界に大きく響いたチャレンジだった。



わたしたちは、


「あのとき、こうすれば・・・良かった」
「あのとき、ああすれば・・・良かった」


と、後悔や悔しさを繰り返しながら、


進むしかない、一方通行の「人生」という道をあゆむ。

その生き様や選択は、
誰に評価されるものでもなければ、誰の責任でもない。


この瞬間から、「過去」になっていく
自分の「人生」に自問自答しながら、


   明日は、こうなろう!
   明日は、こうしよう!


と、未来を創っていく。



少しずつ仕上がっていく未来が、
輝くかどうか?の鍵は、
いつも、私の手の中にあるのであれば、

勇気をもって、チャレンジしていこう。

これまでの、自分のジャッジも、
これからの、自分のジャッジも、

正しい!と信じながら。




posted by yoko.goto at 22:01| ☔| ニュースのこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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