2010年08月14日

涙が止まらなかった



今年も、終戦の日がやってきます。


原爆投下の日から、終戦の日まで、マスメディアは連日
戦争に関する番組を流し続けています。


わたしも、できるだけ戦争の事を知るためにも
見られる範囲で、見るようにはしていますが、
全くもって不十分な知識だということは自覚しています。


それでも、毎年、
自分が産まれ育った日本で起こった事実を
出来るだけ知るため、見られる範囲で見聞きするようにしています。



そう思うようになったきっかけは数年前です。

旅行で、九州を訪れたとき、
ちょっと遠かったのですが、鹿児島県知覧にある
「知覧特攻平和会館」に行きました。


知覧特攻平和会館は、太平洋戦争末期に編成された
大日本帝国陸軍の特別攻撃隊に関する
写真、遺書などの遺品約4,500点、
特攻隊員の遺影1,036柱などが展示されている施設です。


実際、本当の事を言うと、
行くまでは、さほど思い入れも無かったし、
ひとまず見ておこう・・という安易な気持ちでした。


でも、不思議でした。

館内に一歩、足を踏み入れ、2〜3歩歩いた頃でしょうか?
突然、涙が溢れて止まらなくなりました。

特攻に旅立った人たちの写真や遺書を、
まじまじと見る前から、涙が溢れてしまいました。

なぜなら、その館内を包んでいる、
魂の空気に押しつぶされそうで
ボロボロ、ボロボロ、涙が溢れてきたのです。


結局、館内を見て回り、外に出るまで、
1秒たりとも、涙が止まる瞬間はありませんでした。

特にその日は、遺族の合同慰霊祭があり、
私の後ろで、遺族が「ほらっ、あれ、お兄ちゃんだ」と
写真を指さし、ハンカチで目頭を押さえていました。



いまだに、
なんであんなに泣いたのかは分かりません。


戦争がいけない・・とか、
戦争は残酷だ・・・とか、


そういう涙では無いと思います。


ひとくくりに、「戦争で亡くなった人たち・・」と
考えれば、その1人ひとりの命の痛みが薄れてしまいます。


でも、1人ひとりの顔や、直筆の遺書や遺品に、
その人の人生と、彼らを包んでいた家族や
大切な人たちの人生を感じてしまうことで、


1人の人間が、そこにいたことを実感させます。


つまり、私は、
彼らが「生きていた」ぬくもり
を感じてしまったのでしょう。


戦争や特攻を美化したりはしません。


でも、あの時代に必死に闘った1人1人の命を痛み、
泣くことは許されると思います。





posted by yoko.goto at 00:12| 神奈川 ☁| 社会のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月08日

8月9日午前11時02分、ナガサキの空へ祈りを



カ〜ン、カ〜ン、と平和の鐘が鳴る。

8月6日は、ヒロシマの原爆投下の日。
投下された8時15分には、1分間の黙祷がささげられました。
そして、明日の8月9日はナガサキの原爆投下の日。

明日もまた、平和の鐘が鳴ります。


私は、もちろん戦争を知りません。


原爆の被害については、知っているようで、
本当は、知らないままに大人になってきました。

しかし、数年前にヒロシマとナガサキの
平和記念資料館を訪れ、原爆の被害に関する資料を見てから、


“私は、もっと、もっと、色んな事を知らなければならない”

・・と、痛感させられました。


原爆の被害は、「むごい」とか「ひどい」とか
そういう言葉で、集約されるようなものではありません。


被爆直後の壊滅的な被害ばかりでなく、
いまもなお、苦しんでいる人もいて、
ひと言で表すことの出来ない苦しみがあるのです。

もちろん、私には、そんな方々の痛みを、
正確に理解することすらできないのです。


正直、私はその時代を生きていないし、
正確に戦争を理解している訳ではなので、
戦争自体、否定することも肯定することもできません。


でも、日本だけに限らず、世界中で起こっている戦争で、
命を落とされた方々の魂を尊く思い、
哀悼の意をささげたい気持ちは
本能的なものでは無いか?と思います。



ヒロシマの原爆投下後、焼け野原になったヒロシマの街に、
3日後、路面電車が走ったそうです。


「生きる力をも失いかけていた広島市民を勇気づけるには、
 まず、電車を動かすことだ」

ということで、

被爆して3日目には電車を走らせ、
絶望のどん底にあった広島市民を
復興に向けて勇気づけたそうです。


それだけ、力強く、ものすごい勢いで日本は復興していきました。

私たちは、こんな生きるための力強さも
同時に学ぶことができると思いました。


明日は、ナガサキで平和の鐘が鳴ります。

世界で唯一の被爆国として、
また、何かを考える1日になります。



▼Nagasaki Archive
http://n.mapping.jp/
http://n.mapping.jp/index_en.html

▼首都大学東京大学院システムデザイン研究科准教授
 渡邉英徳先生のツイッター
 (先生に直接メッセージが投げかけられます)
 
 http://twitter.com/hwtnv


posted by yoko.goto at 23:09| 神奈川 ☁| 社会のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月06日

快適旅行術 〜トラベルクリニックのドクターに聞く〜



渡航医学センター 西新橋クリニック
 大越裕文先生に
、聞く。)




中高年層の海外旅行者が増え、
旅のバリエーションも多様化した昨今。

自由で、快適な旅を楽しむ人が増えていく一方で、
国内、海外問わず、旅先での健康トラブルも増えています。


新型インフルエンザの流行などをきっかけに、
日本の企業は先んじて、渡航後の健康管理に
注目するようにはなってきましたが、

一般旅行者は、まだまだ認識不足であることが
課題としてあげられています。



旅先(おもに海外)で起こりうる健康トラブルは
さまざまありますが、その中でも重篤な健康トラブルを招くのが

「旅行者血栓症」。


「エコノミー症候群」「ロングフライト症候群」と
呼ばれることもあります。

しかし、「旅行者血栓症」とされているのは、

かならずしも、飛行機のエコノミークラスに座った事が
きっかけになるのだけではないし、
長時間のフライト(飛行機)以外でも起こるために、

いまでは、「旅行者血栓症」とされているようです。


「旅行者血栓症」は、

長時間同じ格好で座っていたことにより、
大腿の奥にある、深部静脈に血栓ができてしまう疾患です。

最悪の場合、できてしまった血栓が血流にのり、
肺まで運ばれ、重篤な症状を引き起こします。


血栓ができやすいリスクを持った人(※1)は、
「旅行者血栓症」になりやすいのですが、
健康な人でも、十分注意する必要があります。



大事なのは予防(一次予防)と起きたときの対処法(二次予防)。



どんな条件で、血栓ができやすくなるのか?を
きちんと知り、その予防に努めることです。


予防するためには、長時間、同じ姿勢を続けない。
(膝を曲げた状態が良くない)
1時間に1回は席を立ったりして、足を動かす。
座ったままでも足を動かす運動をする。

など、運動に関する予防と、

水分をきちんととる。
コーヒーやアルコールは控える。

など、水分摂取に関する予防などがあります。


特に、アルコールを飲んで、水分をあまりとらず、
じっと、同じ姿勢をとってしまうのは、
非常にリスクの高い条件になってしまいます。


逆に、足に静脈血栓ができてしまったら、カラダを動かしてはいけません。(発症は数時間〜2日程度)

片方の足が腫れたり、痛みが出た場合は、(※2)
動いたり、マッサージなどは止めて、
客室乗務員に相談するのが良いようです。

すぐ、受診が必要になります。

(動かした瞬間に、またたくまに、肺に血栓が飛んでしまいます。)






長時間のフライトに限らず、船でも車でも同じ。
長時間同じ姿勢を余儀なくされる場合は、注意が必要ですね。



その他にも旅行での健康トラブルは沢山あります。

先生の書籍など、旅行医学の書籍を参考にしたり、
心配な場合は、旅行の前にトラベルクリニックを受診して
専門医に相談するのが懸命だと思います。

快適な旅になるよう予備知識を得て、
旅にでることが、非常に大事だと思いました。


(※1)足のケガ、手術後の人、血栓の経験者、肥満、悪性腫瘍
(※2)必ず片方の足に出る。特に左足。


 ▼渡航医学センター 西新橋クリニック
  大越裕文先生の著書。


旅の健康術―渡航医学を知っていますか?

旅の健康術―渡航医学を知っていますか?

  • 作者: 大越 裕文
  • 出版社/メーカー: 秀明出版会
  • 発売日: 2009/11
  • メディア: 単行本








posted by yoko.goto at 00:05| 神奈川 ☀| 社会のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月20日

入院の記憶





私は、数年前、入院をした経験がある。

忙しさにかまけ、自分の体調管理を怠ったためだった。


それまで、「病院なんて私の日常」・・・なんて
思っていたのに、いざ、自分が患者になった時、
それはそれは、見たこともない世界が、


そこにあった。


もちろん、入院は初めてだった。

数週間は、内服治療で経過を観察しなければならず、
日々がとても苦痛だった。

退院できない・・と思うと、余計退院したくなる。
じっとしていて・・・と云われると、じっとしていたくなくなる。


それまで、死ぬほど仕事を抱え、
夜中まで仕事をしていたのに、
病室では、全く仕事をする気にならない。


毎日、毎日、メソメソ泣いてばかり。


主治医がくれば、毎回同じ事ばかり訪ねる。


「退院はいつですか?」




そんな私を見かねたのか、ある日、1人の看護師さんが
私の血圧を測りながら、目も合わせず、ぼそっとつぶやいた。


“長い人生の中、数週間じゃない。
 神様が、休みなさいっていってるんだから、
 今だけ、ゆっくり休んだ方がいいよ。”


わたしは、目の前がす〜〜〜っとした。



なんだろう?私は何をあがいていたんだろう?
そっか、人生数十年のうちの、数週間かぁ・・・。


そう思ったら、なんだか急にやる気が出てきて、
次の日から、沢山持ってきたビジネス書を、
病室で読むようになった。


それまでの私は、患者さんの気持ちを
きちんと分かってあげられる看護をしていたし、
それを、学生に教えていた・・と思っていた。


でも、じつは、現実は異なっていた。


自分が患者になってみて、
入院患者さんがどんな気持ちで病室にいるのか?
看護者の言葉が、どんな風に突き刺さるのか?


わたしは、本当の意味を知らなかった。


知っているつもりでいた自分におごりは無かったか
とたんに、不安にもなった。


さらに、患者のライススタイルや、生活歴、性格を把握し、
適切なタイミングで、適切な言葉をかけられる。

まさに、これが、『ケア』なんだ。
そう、さらに深い認識へとおりることができたのも
このことがきっかけだ。


もちろん、私は、もう医療の現場にはいないし、
看護教育の現場にもいない。


今なら、また違った視点で
授業案を組み立てたかも知れないなぁ・・・と想いながら、
このブログが看護学生に見えてもらえたらうれしいなぁ・・
とも思う。


こんな私でも、少しは役に立つだろう。



posted by yoko.goto at 23:26| 神奈川 ☁| 社会のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月02日

いつも誰かの手をにぎっている



看護教育の勉強をしていた頃のこと。

教育カリキュラムをしめくくった、
ある、研修の事が忘れられない。


自己啓発の一環だったと思うが(記憶が定かではない)、
自分自身を開くための宿泊研修だった。


1泊2日の研修の最終日、
こんなプログラムがあった。


二人一組になり、片方が目をつむり、片方が手をひいて、
施設から公道をへて、一回りしてくる・・という内容。


単純なプログラムにように見えたが、
私にとっては、忘れられない経験になった。


目をつむり、パートナーに手をひいてもらう。


施設の中は、とくに緊張もしなかったが、
ひとたび、公道に出た瞬間、ビクッとした。


方向感覚が分からない状態で、車のエンジン音が近づく。

どれだけ遠いのだろうか・・・?
どれくらいの速度だろうか・・?
もう、すでに近づいているのだろうか・・?


急に不安になり、相手の手をギュッと強く握る。



視覚を遮断されると、他の器官である聴覚や嗅覚が
とたんに敏感になるようだった。

見えない分、必死に、他の感覚器で情報を得ようとする。

そして、それらを元に、イメージの中に風景を描いていた。


子ども達の声が聞こえる。小学校の前だろうか?
少し、交通量が減ってきた、大通りから離れたな。
土と緑の臭い。ぶどうか、桃の木だろうか?
車の音もなくなり、農道を歩いているのかな?

最初は、とても怖かったのに、
パートナーの手の温度と、自分の手の温度が
同じあたたかさになった頃から、
安心して、周りの風景をイメージすることが出来るようになっていった。



こうして、数十分の散歩を無事終え施設に戻った。

じつは、目隠しをされているわけでもないし、
絶対目を開けていけない訳ではなかった。
でも、私は、最後まで一度も目を開けなかった。



「相手を信頼して、すべてを任せる・・ということは
 どんな気持なのかを味わいたかったからだ。」



案の定、この研修のあと、私の気持ちは大きく変化した。


それまでは、


なんでも、自分1人でできる。
なんでも、人の手を借りなくてもできる。
自分はむしろ、人に手を貸す方だ。


・・と考え、振る舞うことが、美徳だと思っていたが、
それは、自分のおごりのような気がしたからだ。



誰かに頼ったり、誰かに支えてもらうことは
悪なんかじゃない。
自分はちょっとだけ苦手なだけ。


そう、思うことができた。


それまで、自分を追い詰め、自分を責め立てた気持ちが、
フッと楽になり、違う視点で人と接するようになった。



ずっと、楽な生き方になった。



これは、随分前の研修だが、昨日の事のように覚えている。

中でも、目隠し散歩で、手を引いてくれた手の感触とあたたかさは、最も鮮明に覚えている。



(でも、正直、誰がパートーナーだったかは、
 覚えていない。あせあせ(飛び散る汗)
 記憶って不思議。)



posted by yoko.goto at 23:20| 神奈川 ☁| 社会のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月21日

期待と不安



私のサッカー熱は、
W杯・フランス大会でピークを迎え、

日韓大会が終わった頃から、徐々に冷めていき、
最近では、代表戦さえも
見なくなってしまった今日この頃。

代表メンバーの顔とポジションも
あまり一致しなかったのですが、

まあ、4年に一度のW杯は、
「応援しなければ・・・」と思い観戦しています。


サッカー選手では、スペインのラウル選手や
スウェーデンのラーション選手が好きでした。

(二人とも代表引退・・・)

なんだかんだいいながら、
結局のところ、私はFWが好きなようです。

細かい戦術などは、よく分かりませんが、
ゴールにどん欲で、闘っているか?どうか?

は、見ていてよく伝わります。

がっちり守るDFやMFを背負って、
いかなるプレッシャーにも負けず、
ゴールを追う姿が好きなようです。



さて、


先日、TVで、サッカー日本代表と民主党の共通点。
という内容が、番組の一コマで流れました。


そのキーワードは『期待と不安』


人は、
"何かやってくれる”という期待と、
"大丈夫だろうか?”という不安、

相反する感情を共存させていると、
非常に、気持が悪く感じ、
いかにして、均衡を保つか?と考えているそうです。


そのため、


一度、『期待』の兆しがみえるような出来事が起こると、
一気に、感情がうわっと、『期待』に傾き、

必要以上に、盛り上がってしまうそうです。



サッカーにおいては、
W杯が始まる前は静かだった日本の盛り上がりが、
初戦、一勝したことにより、
一気に、高まり、

民主党においては、党首の交代で、
支持率が一気に上がるのも同じ現象だそうです。


『期待』と『不安』。


なかなか、複雑な群衆の心理です。



posted by yoko.goto at 22:41| 神奈川 ☁| 社会のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月21日

サラリーマン川柳



お客様の所で商談をしていると、
申し訳なさそうに二人の営業マンが
入り口から入ってきました。

シャツの袖を肘までまくり、
スーツのジャケットなしで、
そろりそろりと入ってくると、


「玄関マットの交換にきました!」と
笑顔でドアを開けて中に入りました。

玄関マットを交換し、代金の数百円を精算する間、
その営業マンは、何度も何度も頭を下げ、
終始、笑顔で「ありがとうございました!」といって
帰って行きました。


"マット交換の間、何回、頭を下げたんだろう・・。”


思わず、数えてみたくなりました。


それほど、その営業マンのお客様に対する敬意が
伝わってくるような仕草だったからです。


年の頃は、30代中後半。
家族を持ち、一家の大黒柱として、
日々、仕事に打ち込んでいる年代です。


守るべきもののために、頭を何度も下げるお父さん。
家族は、そんな姿をなかなか見ることは無いでしょう。


プライドで生きている男性にとって、
ペコペコと頭を下げるよりも、
深いソファに座り、頭を下げられる方が心地良いかも知れません。


でも、こうして、客先で何度も何度も頭を下げることにより、
顧客が増え、顧客を離さず、会社に貢献しているのです。

仕事をしていると、
どんなに理不尽な事でも、
どんなに納得がいかないときでも、
反論したい気持を飲み込んで、
頭を下げることだってあります。



そんなすべてを飲み込んで、
今日も、家族のために頭を下げながら
顧客を回っているのです。


何かを守るために、無条件に頭をさげれる男性の姿は
とっても格好いい!と思います。



6月の父の日には、
妻のため、子どものため、家族のため、
頑張っている全国のお父さんに心からエールを!!


(ちなみに、その営業マンが家族を持っているか?どうか?は不明。
 あくまでもイメージです。)



しかし、満を持して発表された
サラリーマン川柳。


  『こどもでも 店長なのにと 妻なげく』


やっぱり・・・、あせあせ(飛び散る汗)がんばれ!
日本のお父さん!




posted by yoko.goto at 23:44| ☔| 社会のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月19日

初めての夜勤



大学病院を受診した後の帰り道、
病院の構内で、バス待ちしていると、

隣にいる、若くてかわいらしい女性が、
ケータイでおしゃべりしている声が
もれてきました。


「今日、独り立ちして初めての夜勤だったんだぁ。
 今日に限って、たくさん急患があって、
 かなり忙しかったよ。」


まあ。

4月に入職したばかりの看護師さん(多分)でしょうか、
指導してくれる先輩の手を離れ、
一人で夜勤だったんですね。


思わず、"ぐっと”彼女に感情移入してしまいました。


初めての夜勤でさぞかし疲れていることでしょうが、
彼女の目は、ぱっちり開いていて、
まだ、緊張感と興奮がさめやらぬ状態のようでした。


わかります。
わかります。


初めての夜勤をやり終えたあと、

無事、やりとげた『安堵』、
やり残したことは無いか?という『不安』、
上手くできなかったことへの『後悔』、

いろんな思いが交差して、家に帰るまでは
眠りさえ近寄れない、緊張状態です。


心の中で、「ガンバレ!」とつぶやいてしまいました。


1年目は無我夢中。
2年目はほとんどの事が一人で出来て
後輩ができるので、ちょっと自信がつきます。
3年目はもっとも輝く時。上司からも後輩からも頼りにされます。
4年目は学生指導や、責任ある仕事を任されます。
5年目は、もう中堅です。ここまでくれば、一区切り。


看護師は、5年という経験が一つの区切りです。

5年臨床経験があると、その上にステップアップできる
様々な資格や、学習を積み重ねることが可能です。



1年目の夏までは、


辛くて、苦しい日々が続きますが、
とりあえず、1年頑張って、
つぎは、2年、3年・・と積み重ねれば大丈夫。


日本の医療を支える新人ナースを
心から応援したい気持になりました。


posted by yoko.goto at 23:50| ☁| 社会のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月17日

やさしい人




夕方になり、混み始めた山手線の社内。
座席シートに座り、ぼ〜っとしていると、
停車した駅で、お腹の大きな妊婦さんが乗ってきた。


すると、

ドアのすぐ側に座っていたサラリーマンが、
すぐさま、すっと席を立ち席をゆずっていた。

丁度、小さな子どもがいそうな年齢のサラリーマン。

重そうなビジネスバックを抱えながら、
誰よりも早く席を立ち、つり革につかまっていた。



その後、電車を3路線乗り継いで、
遠くのお客様のところへ。

商談が終わった後は、夜の8時をまわっていた。

疲れた足をひきずりながら、
最寄り駅の、長〜いのぼりのエレベーター。


丁度、半分くらい登ったところで、
思わず、ステップからヒールのかかとがはずれ、
カラダが大きく、ぐらっと揺れた。

その瞬間、

私の横を歩いて追い抜こうとした
茶髪のお兄さんが、

「大丈夫ですか?」と手をさしだし、
私を支えてくれようとした。

瞬間的に、エスカレーターの手すりを握っていたので
運良く、エスカレーターを転げ落ちることは避けられた。


同じ日におきた、こんな小さな出来事に
ちょっとだけ、心があたたまった。


忙しい都会の電車の車両の半分以上の人は、
下を向いて、携帯をさわったり、DSでゲームをしたり、
本を読んでいたり、書類を見たりして
ほとんど、顔を上げることがない。


自分の周りに、
どんな人がいて、どんな表情をしていて、
どんな話をしているか?なんて、

気にも留めない。



電車は、わたしたちの移動手段だ。

電車に乗るのが目的ではなく、
電車に乗り、目的地に行くことが目的。

なので、移動時間を有効利用するため、
メールするのも、ゲームをするのも、読書するのも、
とても良いことだ。

でも、

時々は、顔をあげて、

まわりにいる人を見渡しても良いと思う。
せめて、妊婦さんや、小さな子ども連れ、
ご年配の方などがいないか?
気分が悪そうなひとなどはいないか?

ちょっと気にするのも、有意義だと思う。


そこで、どんな小さなことでも、
人の役にたったら、それはそれで

有意義だと思う。

posted by yoko.goto at 23:55| ☁| 社会のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月02日

サクラの回廊

今日は、東京彫刻工業協同組合様の定例会に参加。

30名ほどの参加者の前で、
当社のサービス内容のプレゼンを
させていただきました。

東京工業彫刻協同組合様は、
1954年に創立した日本唯一の彫刻協同組合です。


当社がオフィシャルサイトをデザインしました。
http://www.tokocho.or.jp/


東京都、神奈川県の「工業彫刻」にかかわる
中小企業様が集まった組合です。



「工業彫刻」??

耳慣れないことばです。



「工業彫刻」とは、
金型、モデル、金属彫刻、製品彫刻、
プラスチック、目盛などのジャンルに分かれ、

すべてのものづくりにかかせない
役割を担う業種になります。


私達の身の回りの生活必需品は、
すべて、「工業彫刻」からはじまります。


ケータイ電話も、新製品が発売されると、

softbankやdocomoなど、
販売メーカーに
ばかりに目がいきますが、


商品開発の裏側では、
それらを実現化するための
製造にたずさわる企業様が
切磋琢磨しています。


すべてのものづくりの
原点にたずさわっているのです。



日本の高度経済成長は、

これら、ものづくりの原点に立つ
優秀な企業様がつくりあげてきました。


いつしか、日本の高度な技術や機械は、
中国や韓国などのアジア圏に
輸出されるようになり、
その差は縮まりつつあります。

人件費の安いアジア圏と比較されると
日本は、非常に不利な状況に
追い込まれつつあるそうです。


こんな製造業の危機的状況を打破するため、
東京彫刻工業協同組合様は、
ネットでの宣伝広告を強化することに
尽力しています。


「ものづくり」といえば「日本」。



そういう時代から、

海外市場という大きな敵と闘いながら、
みんなで力を合わせて闘う時代が

やってきているのです。


株式会社牧野フライス製作所様の近く。
都立大学駅近くの、サクラの回廊。

日本のサクラだけは、
毎年、同じ美しさで咲き続けています。




IMG_0209.jpg
posted by yoko.goto at 21:57| ☁| 社会のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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